こんにちは
wabisabi 魔女の森 あいです
今朝、自分たちのための玄米ご飯を炊く準備をしながら、個性豊かなお米さんたちの姿をじっくりと観察していました。
生命力が目覚める瞬間
玄米は研いだ後、一晩お水に浸しておくのですが、たっぷりと水分を吸ったお米は少しぷくっと膨らみ、中にはほんのりと緑色に変わってくる子もいます。

このまま常温で数日間そっと置いておけば、きっと発芽玄米としてもいただけるはずです。 発芽玄米は生命力も栄養価も非常に高く、健康のために日常の食卓に取り入れている方も多いですね。
そして、わたしたちが選んでいる自然栽培のお米には、少し黒くなっているものや、籾(もみ)がそのまま付いている子もたくさん混ざっています。 わたしは、それらもすべて含めて「命の形」として大切にいただきます。
綺麗に揃っていなくても、むしろこれが自然のまんま、あるがままの美しい姿だからです。
「不揃い」に宿る本当の価値
世の中の一般的なスーパーで売られているお野菜や白米は、どれも形が均一に整っていて、非常に綺麗ですね。 少しでも基準より大きすぎたり小さすぎたり、あるいは変色していたりすると、それだけで「商品価値がない」と弾かれてしまいます。
一方で、自然栽培や無農薬野菜のお店から届く食材は、形違いや変色があるのが当たり前です。 それでも、火を通し調理してしまえば、根源的な命の美味しさは何一つ変わりませんから、わたしは全く気にしません。
魂の形を認め合える世界へ
台所でこの不揃いな食材たちを見ていると、これは「人間の個性」とまったく同じだなと感じます。
今の普通の世界では、みんなと同じ格好をして、同じような言動や振る舞いができることばかりが評価されがちです。少しでも枠からはみ出たり、目立つことを良しとしない窮屈な風潮が、まだまだ根強くありますね。
でも、本当は一人一人が違う形をしていて、違う色を持っているのが「自然のまんま」なのです。
規格外であることを恐れず、一人一人が自分の個性を堂々と尊重できること。 そして、お互いのいびつさや違いを含めて、ともに認め合える優しい世界がくることを、わたしは心から望んでいます。




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