こんにちは
wabisabi 魔女の森、あいです
今日は、わたしが最初に就職したときの、少し恥ずかしいお話しをしたいと思います。
実は高校卒業時、わたしは就職活動をあまり頑張りませんでした。
なぜなら、1社目で「岩手の人なら誰もが知っている大きな会社の正社員」として内定が決まっていたからです。
残りの高校生活は、悠々自適に過ごしていました。
そして迎えた4月1日の入社式。 しかしその3日後、わたしは仕事を辞めました。初めて入社した正社員の仕事を、なんと3日で辞めてしまったのです。
昭和(土の時代)の洗礼。過酷すぎるスパルタ研修
実はこの会社は、わたしにとっては縦社会そのものでした。
入社式の後、新入社員全員でそのまま隣の県のスキー場まで行き、1週間の研修をする必要がありました。
研修とは、学校の授業のように「こうして、ああして」と仕事の手順を習うものだと思っていましたが、現実は全く違い、「根性を叩き直す」ところから始まりました。
研修場所に到着してすぐに「大声を出せ!」という怒号が飛び交い、自己紹介の練習が始まりました。
「社員番号◯番、◯◯です!!!!!」と腹の底のさらに底から声を出さなければ、「やり直し!」と怒鳴られます。
品なども関係なく、涙が出るほどの大声を出し尽くしてようやくOKが出ると、次はラジオ体操の指導に入ります。
手が上がっていなければバンッと叩かれ、全員ができなければまた1からやり直しです。
午前2時の論文と、直感の「NO」
やっとOKが出たと思ったら、次の課題は「わたしが入社してやりたいこと」を作文用紙に書く論文でした。
提出する際も、教官に対して大声で「番号◯番の◯◯です!!!」と叫ばなければなりません。
声が小さかったり荒げすぎたりしていると、提出前に「やり直し!」と言われ、1から並び直します。
グループ会社の研修生も含めて30人ほどいたため、その列の最後尾にまた並び直すのです。
やっと論文を提出できても、「このニュアンスが違う!!」と怒鳴られては消しゴムで消して書き直し、また列に並んで大声で提出を試みる……。
何度やり直したか覚えていません。論文にOKが出たのは、午前2時のことでした。
翌日は朝6時に集合し、初日に習ったラジオ体操をした後、スキー場の坂をランニングで登っていきます。もちろん、ほとんど寝ていません。
これを1週間続けるのは無理だと判断しました。
「土の時代」ではこれが常識だったのかもしれませんが、わたしはこれを乗り越えて会社に入っても、お給料以上に大変な想いをするのではないかと思いました。
運動部や体育会系の人なら慣れているかもしれませんが、月にものすごくお給料が良かったならもう少し頑張れたかもしれません。
「一族の恥」と呼ばれても、自分を大切にする
もちろん、仕事を辞めたことで、親族からは
「出来損ない」
「恥知らず」
「一族の恥だ」
と耳にタコができるほど言われました。
親族にこの研修の内容を説明しても理解されず、「3日で辞めたこと」だけにフォーカスされました。それだけ、振り子体質なのです。その考えとは、決して相容れないと思いました。
ゴリゴリの体育会系出身である今の夫は、「その会社、異常だよ」と理解をしてくれています。自分の恥を夫に打ち明けて、よかったと思う瞬間でした。
今の働き方改革の時代ではこのような研修はあまりないと思いますが、今思えば、この会社で得た経験も宝物になったなと感じます。
なぜなら、しっかりと「自分を大切にできた証拠」だからです。
全ての経験が「宝物」になる風の時代
わたしはその時、自分のエネルギーの無駄使いを防ぎ、当時やりたかった「声を使うお仕事」を選びました。
ショッピングセンターのインフォメーションスタッフをして接客の楽しさや見られることへの意識を身につけ、モデルやMCの仕事を通してさらに磨かれたものがありました。
また、学生時代から心理学の発信も好きで、していたのですが(このお話は今度しますね)、今はそれも活きようとしています。
それはもう、20年も前の話になろうとしています。
今までの経験は、すべて宝物です。
3日で辞めたことを、今はどうどうと発信できている・・
風の時代、本当にいい時代になったと実感しています。










コメント
コメント一覧 (3件)
恐ろしい会社ですね…そこで辞める!って決意できた意志が素晴らしいです!!
振り子を新社会人の時に振り払えたのがA iさんの強さですね✨
モコさん
午前2時解散、午前6時集合はもう無理でしたね。
仕事を続けられるモコさんは忍耐力が強いですよ。
その経験の深さは社会でも高く評価されます。
後々、どこかに転職するとしても、即採用でしょう。
でも、自己犠牲と感じるのであれば無理はしないこと。好きなことをしながらお金を稼ぐ方法はこの風の時代ならありますから。