こんにちは、wabisabi 魔女の森 あいです
6月半ばは鎌倉へ行くため、数日間家を空けることになります。
出発に向けて、そろそろ冷蔵庫の整理を……と覗いてみたら、先週ロピアでたくさんお買い物をしたばかりなので、少し食材が多めでした。

世の中的には当たり前のことかもしれませんが、我が家では「自分が好きで購入した食べ物は、最後までしっかり食べ切る」と決めています。
そこで今日は、いつかは食べようと思いながら半年間ずっと放置していた「乾燥わかめ」を、やっといただく決意をしました。

生わかめの加工がイマイチ上手くいかず、食べようかどうしようか悩んでいたものです。
今日は勇気を出して、お味噌汁に入れて美味しくいただきました。

こうやって、ずっと先延ばしにしていた食材を循環させるというのは、心にとても深い満足感を与えてくれますね。
放置されたモノは「氣」が死んでしまう
わたしはこれまで、モノを多く残したまましばらく家を空けると、帰ってきた時になんとなく「空気が重いな」と感じることがありました。
モノというものは、その一つ一つに「自分の想い」が入っています。 良い意味でも、悪い意味でも。
なんとなく、生きていないモノが溢れている空間にいると、どっと疲れてしまいませんか?
それは、ごちゃごちゃした状態から発せられるノイズ(澱んだ波動)に、自分自身の氣が影響を受けてしまっているからです。
手放したくないという想いや執着(フォースの領域)には、ネガティブなエネルギーが宿ります。
そして、意識が向かずになんとなく放置されているモノは、やがてその氣が死んでしまいます。
そのようなモノで溢れた家は空気が澱んでおり、決して「氣が良い家」とは言えません。
可視化すると非常に分かりやすいのですが、流れの良い「川」はいつも澄んで綺麗です。逆に、流れが止まって溜まった「池」は、水が澱んで濁ります。 家の中にあるモノも、これと全く同じ波動を発しているのです。
目の前の環境は、自分が創り出している
そして、その家の波動と「自分の波動」は、必ず共鳴します。
自分の今目の前にある環境は、他の誰でもない、自分自身で創り上げているもの。
これは宇宙の絶対法則であり、誰のせいでもありません。
「でも、同居している家族が散らかすから…」 「いつかは使うものだから」「夫はモノに執着がある人だから…」
そんな声が聞こえてくるかもしれません。
他人(家族)を変えることはできません。
本人が変わる氣がなければ、決して変わらないのです。
だからこそ、「自分の部屋だけは綺麗にしておく」「自分の目の前の空間だけは整えておく」。 その小さな心がけひとつで、実は少しずつ波動が変わり、現実の現象も変わってきたりするものです。
帰宅した瞬間に「聖域」を感じるために

わたしは、家中に良い氣が流れるように、定期的に風通しを良くして空間をクリアに保ちます。
旅行や出張に行ってから帰ってくると、リフレッシュした状態で自分の家を客観的に見ることができるため、空間の状態をいつも以上にクリアに感じ取ることができます。
玄関を開けた瞬間、「やっぱり我が家は空気が良くて最高だわ!」と感じるのか。 それとも、「あれ、なんだか重い……」と感じるのか。
わたしは帰ってきた瞬間に、「あぁ、自分の聖域に帰ってきた!」という極上の感覚を味わいたいので、出発前のこの「氣の循環(整理)」をとても大切に行っています。
自分の未来は、誰でもない、自分で創るもの。
実はこの小さな心がけが、後になって大きな波動の法則となり、豊かな現実として返ってくるのかもしれません。










コメント
コメント一覧 (2件)
最近は巣立った雛の様な気持ちです💦
居心地の良かったあの空間を思い出しながら、学んだことを実践していくのみ!!と考えています。
怖さが出たり、すごく眠かったり、好きなことへのやる気がでなかったりと色んなことも起きていますが、自分の直感に従います!
ワカメの消費には、ご飯に塩と胡麻油も入れてワカメご飯にしたりしています✨
モコさん
なんだか、情景が浮かびます^^
お仕事が始まってからきっと、自分らしく居心地の良かった空間から振り子を目の当たりにしたり、あらためて感じる気付きもたくさんあるかと思います。
エネルギーをたくさん使っているから、好きなことのやる気に影響するのも当然です。
モコさんの経験が愛おしく感じます。
希望を意図したのであれば、未来から叶えにやってきますし、あとは夜の飛行機に乗っている気分で待つ。どんなモコさんの未来がどんなものが待っているのか、ワクワクします。
わかめ、その合わせ技はわたしも大好きです。美味しいですね。