こんにちは、 wabisabi 魔女の森 あいです
昨日、わたしの中でとても不思議で、そして温かい体験をしました 。
わたしは日々、自分の家を聖域(パワースポット)にするために、瞑想や掃除を行ったり、お香を焚いたりして、心閑堂も含めて大切に空間を守っています 。
そのおかげで、家に帰ってくると
「一番社会の喧騒から離れているな。心から落ち着く!」
といつも感じています 。
外の世界で渦巻く「人間の想念」
ただ、一歩家から外(社会)に出ると、世の中の人々の様々な想念が渦巻いています 。
わたし自身も、自分の周波数が安定しない日がたまにあるのですが、そういった時には「ため息をつく人」「下を向いて歩く人」「平気な顔でポイ捨てをする人」など、様々な近隣の住人の方々の姿が目に入ってしまうことがあります 。
これまでは、そういう人たちが目に入っても、「あぁ、トランサーフィンでいう『振り子』に乗って大変な想いをして、日々を頑張っているんだな…本人が選んだ道が、現在を作る。」と、ドライに、客観的を通り越してかなり遠くから傍観するスタイルをとっていました 。
「それ以上でも、それ以下でもない」と思う程度に留めていたのです 。
境界線が溶けた、不思議な気付き
ですが昨日、このマインドルーティンに大きな変化を感じる出来事がありました 。
夜中に窓を開けて奇声を発するご近所さんや、12時を過ぎても外にまで響くような音量でラジオを流しているご近所さん 。
これまでなら「こんな人たちと自分は、生きている世界(次元)が違う人間だ」と思い、視界に入れない日々。
しかし昨日はふと、「この自分の想いって、まさに二極化だよね?」と客観的に自分へ問いかける自分が現れたのです 。
今思えば、非常に人間らしい問いかけだったなと笑ってしまいますが 。
するとその直後、心の中にこんな気付きが生まれました。
「こういう人たちも、みんな一生懸命に人生を歩んでいるんだ。今はただ、魂の成長途中なんだよ」
すべてが「神の子」であるという愛おしさ
その気付きが生まれた瞬間、これまで遠ざけていた彼らのことさえも可愛く思え、その成長途中の魂たちが、必死でこの世の中を生きている「神の子」として愛おしく思えてきたのです 。
なんだろうな、この温かい感覚は。
イエス・キリストのおっしゃる、「隣人を愛せ」というのは、きっとこういう状態のことなのかな?と腑に落ちました 。
この気付きを得てからは心が深く安らぎ、自分の家族だけでなく、神の子である自分と関わりがない魂まで、みんなが愛おしいという温かい気持ちで眠りにつくことができました 。
善悪の「振り子」を手放す
世の中というものは、本来「上」も「下」も無いのだと考えています。
上下、左右、そして善悪という判断すらも、結局は二極化の「振り子」に乗っているだけなのです 。
だからこそ、誰もがみんな「成長途中の魂」なのだということ。
そう思える人が一人でも増えていったら、世の中はもっともっと、温かくて優しい地球になるんだろうなと感じています 。










コメント
コメント一覧 (2件)
おはようございます😊
心閑堂の施術を終えてから
一歩外へ出ると硬いガギガギした水
と思っています。本来の軽さを知ったなら
今生きている空間はかなりの重さの中で
生きているんだなと改めて思いました。
心閑堂の空気と一緒に帰りたい感覚に
なりますww
生きとし生けるものは神の子
自然も全て神様が創ってくれたんです
もんね。自然を大切にしているAIさん
神様も喜んでいるんでしょうね😊
まる子さん
お久しぶりですね。お元氣でしたか^^
神の子でもあり、まる子さん自身の内側にも神様がいますね。
斎藤一人さんの言葉で「あなたも神です、わたしも神です。みんな神です。」とあります。
精霊のような自然霊というものもありますが、心閑堂では一人一人、みんな御神体だと考えています。