人を褒めるのがカルマになる時。合わない人から意識を外し、純粋な愛を循環させる

こんにちは

wabisabi 魔女の森、あいです

「人の悪口は良くない」と、このブログでも散々お話をしていますが、

悪意を込めて人を褒めることは、徳になるのか?カルマになるのか?

最近は、この疑問について考えていて今日、わかりました。

目次

悪意を込めて人を褒める人

例えば、Aさんのことが嫌いすぎて、同じ年代のBさんのことを引き合いに出して褒めまくる人がいます。

「Aちゃんと違って、Bさんはこんなことやあんなことができてすごい!天才!」というように。

過去の人間関係で、こういう人がいました。 この人は、Aさんとすごく面白くない出来事があったのでしょう。その悪口を言うとカルマになってしまうのを知っていたからか、Bさんをやけに大袈裟に褒めていたのが記憶にあります。

一見すると、その人の放つ言霊はいいものかもしれません。

でも、そこに悪意ばかりが込められていて、「聞いていて不快だな」と思いました。 その人はカルマを積むことがないと思い込んで、Aさんを落とすような口調でBさんを褒めまくっていたのです。

その執着もあるせいか、だんだんと鬼のような顔になっていきましたから、わたしはその後、邪気が満ちたその人との関係を断ちました。

表面の言葉ではなく「意図」に宿るカルマ

純粋に「あの人が素晴らしい」「誰々さんのここがすごいよね!」と人を褒めるのは、徳を積むことになります。

ですが、あきらかに誰かを下げるつもりで「この人と違って、あの人はすごいよね」という意味合いで比較するのは、「この人」を下げることになります。結果として、放ったご自身の中に悪意が溜まっていくでしょう。

だから、すべては「意図」次第だとわたしは感じました。 いくら表面の言霊が良くても、意図が違えばカルマにもなってきます。

フォースの執着と、パワー層の手放し

そもそも、最初の女性を例に出すと、Aさんの嫌なところがあったとしても「それは相手の個性なんだ」とスルーして離れる。それだけでいいのです。

距離を置いて、相手を意識を置かないこと。

フォース(ネガティブ)層は、粘着質にコントロールや依存欲で相手からエネルギーを奪おうとするから、カルマが生じるのでしょう。

一方、パワー(ポジティブ)層の人たちは、そもそもネガティブに感じた相手に対して、興味も意識も置かなくなるものです。

「個性だね」「合わないね」、それだけ。そして、自分に合う人だけを見ています。ドライに、軽やかですね。

心から相手を祝福し、心から相手に徳を送る。心と心で、互いの愛を循環させる。 それがみんなでできるようになると、この世はさらに良い世界になっていくでしょうね。

あなたに今日も
”幸せなひととき”
があることを願っています。

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この記事を書いた人

魂レベルの癒しを求める富裕層が集う整氣療術「心閑堂」を裏方で支え、心身を浄化するwabisabi 魔女の森を主催。自家製のよもぎバームの自然療法や、龍笛・えみしの笛の演奏を取り入れた「心地よい周波数で生きる丁寧な暮らし」。苦しみではなく、喜びと笑いの中にこそ氣の循環が生まれるという信念のもと、地球を豊かにする愛のエネルギーを発せられる人が増えることを祈り、このブログを書いています。
また、クリエイティブブランド「Aura Resonance Fiole」主宰。情報過多な現代において、本質的な美しさと余白を引き出す量子力学的WEBデザイン・動画制作を行う。過去のMCやモデル経験を活かし、自らの声を使ったプロナレーションを手掛ける。

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